医療法人社団 博友会 金沢西病院リニューアル

エントランスから始まる物語、心安らぐ工芸の演出。

金沢西病院のリニューアル工事では、地元の工芸作家とコラボレーションし空間を工芸壁で演出。金石という海に近い立地から着想を得た海・カモメ・自然をモチーフに、エントランス、受付、待合の空間をデザイン。陶器のカモメが病院の案内役となり、エントランスホールから物語が始まるよう演出。風、雲、太陽を背景に飛ぶカモメの家族には、子のための木の実をくわえている様子も見られる。その先には「朝日が昇る海」をテーマとする総合受付があり、陶芸によって海の波しぶきや太陽の光を表現。心安らぐ淡い水色を基調とし、四季の移ろいや小さな生き物が見られるなど、診察を待つ間も楽しめる癒やしの仕掛けを作った。

理事長が愛した「能」を、現代建築として再構築。

理事長室の改修のコンセプトは、「病院の『これまで』と『これから』をつなぐ場所」。菊池名誉理事長が長きにわたり愛した「能」をデザインに取り入れ、地域に根付く「工芸」を建築空間に融合させた「工芸建築」として表現した。能舞台を現代的なデザインで表現することによって、名誉事理長の創設以来の想いを受け継ぎつつ、進化する西病院の象徴となるような空間を目指した。正面の陶板には「松」、右面の特注クロスには「竹」、左面の陶板には「梅」のモチーフをあしらい、能舞台に隠された吉祥の象徴を表現した。能舞台は本来屋外に建てられる建築であることから、外を表現するエリアには曲線にデザインしたミラーを貼り付け、空の奥行きや雲のゆらぎを表現した。室内を歩くと松・竹・梅のモチーフがミラーに映り込み、室内を歩く人々の想像力を刺激する空間となった。
浅蔵一華氏による文様表現。
浅蔵氏の特徴である現代的で華やかな文様表現は、空間を繊細かつ緻密に作り上げる。
作家とともに作品を配置。
施工中には工芸作家も加わり、配置や角度を確認しながら慎重に作品の取り付けにあたった。
陶芸で波を緻密に表現。
波のしぶきを表現した陶芸。ひとつひとつ大きさや形が異なり、配置の全ても決まっている。

(Architectural & Craft Process)

建築計画・
工芸の取り組み

スケッチやパースからイメージを共有し検討をかさねながら、完成を目指す。

改修計画では、すでにプランが決まっていたこともあり、「この空間・壁に工芸デザインを施したい」といった内容から工芸作家に協力を依頼。施工するにはまず、図面化が必要になるため、工芸作家がフリーハンドで描いた線をCAD化し、曲線のバランスにいたるまで念入りに確認。完成までにはスケッチやパースで確認をとりながらイメージのすり合わせを行った。また、工芸の取り付け方法などについては、施工者も交えて三者で議論しながら検討した。

建築

制作はもちろん、作品の取り付けまで
すり合わせを重ねる重要性。

工芸の制作に入る際には、建築と工芸のスケール感をすり合わせるため、多くのパターン・バランスを検討。また、制作可能なサイズの検討や作品を仕上げるためのスケジュールなど、設計者と現場とでさまざまなことをすり合わせることが重要に。取り付け方法についても事前に施工業者と確認を行い、陶芸側に引っかけるための穴をあけておくなどの工夫を施している。制作された工芸は一点物であるため、特に取り扱いには十分注意して、施工が進められた。

工芸

(Collaboration Artist)

コラボアーティスト

華繋小紋 輪音

浅蔵 一華
松を真上から見たときの放射状に広がる様子を、浅蔵家に代々伝わるガラス質の絵具を使い連続した華小紋で表した作品。ひとつひとつに個性をもたせ、重なり合う配置にすることで全体に繋がりをもたせた。

陽が昇る海

竹村 友里
海から近い立地に着想を得て、カモメを案内役とした物語を紡いだ。カモメが飛んで行く先には朝陽に照らされた海。たくさんの磁器ピースにより波しぶきや太陽の光を表現している。

Eukaryota

今西 泰赳
病院内の中庭に設置した作品。溶けるような有機的なフォルムをイメージし、透光性のある土と独自の上絵付けによる細胞紋で表現。ライトが内蔵されており、日暮と共に仄暗く光る。

待合の陶壁

山崎 愛美
待合室にいる人の感情は様々で、退屈なときもつらいときにも、焼き物の表情を見ているうちにいつの間にか時間が過ぎているような壁にしたいと制作。何色かは炭火で焼いている。

ARTIST INTERVIEW

Yuri Takemura
1980年愛知県名古屋市生まれ。高校で洋画を専攻し、愛知県立芸術大学にて陶芸を学ぶ。
近年はプロダクトデザインに携わる。

玄関ホールや外来待合エリアの空間づくりを手掛けた
陶芸家 竹村友里さんに、本プロジェクトへの想いを伺った。

自身の作品づくりで、大切にしていることは。
観る人の心に響く作品でありたい、そのためには自分自身の心が震えるものを表現すること。陶芸は土の感触がダイレクトに伝わってきます。指の感覚を研ぎ澄ませて形にし、窯から出てきたときの第一印象を大切に制作しています。今回の場合、純粋に陶芸だけでは表現できない規模に、どのように焼き物を組み込んでいくかがポイントでした。癒しや希望に繋がるような配色、モチーフ選びを心がけ、遊び心も入れながら工夫を施しました。
プロジェクト進行中、印象深かったことは。
コロナの緊急事態宣言が出される切迫した時期の制作、施工でした。経験したことのない緊張感の中で、医療従事者の方々が働く場をより良くしたいという気持ちが後押しし、少しでも明るく前向きになれるような空間づくりに務めました。色鉛筆で描いたイメージを形にするには多くの人の手が必要で、チームで共に考えるプロセスはいつもの作陶とは異なる魅力を感じました。そして陶芸の可能性を広げる素晴らしい経験となりました。
「工芸建築」が今後、どう展開することを期待しますか。
大学生のころに初めて金沢を訪れました。友人が市内の空家でインスタレーション展示をしており、新旧が交わり合った空間に衝撃を受けました。年々姿を消す町家も、工芸で再生できたらと思っています。元々、旧家や町屋などの建築は工芸的要素があったと感じますが、戦後の住宅やビルは低コストと施工効率が優先されました。機能だけでは心の豊かさは育たない。建築物の第二の要素である工芸が、建築の基本事項になれば嬉しいです。