光は、建築の「影の立役者」
/vol.10 照明士 宮崎 志保

浦建築研究所をより身近に。こちらの「建築コラム」では、建築事例だけでは見えないスタッフの素顔や、建築業界のトピックなどもご紹介していきます。第10回は、照明士・宮崎志保さんのインタビューです。
建築空間に欠かすことのできない「照明計画」ですが、そのほとんどは外注で、社内に「照明士」が在籍している設計事務所は、実はとても珍しいのです。今回は「光」の力に魅了されて「照明士」の資格を取得した宮崎さんに、照明計画の重要性から、最近の業界トレンドに至るまでお話をうかがってきました。

電子工作系ガール、照明士になる

──実は私「照明士」の方に初めてお目にかかりました。ちなみに宮崎さんは最初から「照明」がやりたくて浦建築研究所の「環境(旧設備)」に入社されたのですか?

宮崎:いえ、元々大学では「都市計画」を専攻していたので分野的には畑違いだったんです。ただ、昔から「ものづくり」というか、特に「電子工作」が好きで。回路基盤を使って小さな電子ピアノを作ったり、趣味でしていたんです。
浦建築研究所の入社面接でそのことをポロッと話したら「うちには設備(現・環境)という分野もあるよ」と会長が提案してくださって。それで「そういう道もあるなら、ちょっとやってみようかな」と。

──へぇ!電子工作がご趣味というのもすごいですが、なかなかに柔軟な選択ですね。

宮崎:そうですか?両親とも大学の学部とは全く違う職種を選択していましたし、大学の勉強と関連した仕事に就かなければいけないという意識は、特になかったですね。そこで入社後に「設備」の世界に入って、「照明」という分野に出会いました。

照明士・宮崎志保さん。金沢市出身、大学卒業後浦建築研究所に入社

設計事務所内では珍しい「照明士」

ーー所属されている「環境」の部署内でも「照明士」の資格を持っているのは宮崎さんだけとうかがいました。

宮崎:そうですね。照明計画自体は「環境」の電気スタッフは皆基本的にできますが、資格として持っているのは私だけです。そもそも「照明士」って、建築系の人はあんまり取らない資格なんですよ。どちらかといえば照明メーカーやインテリア系の方が持つような資格なんです。
なので照明計画を設計事務所の内部でやっているところって本当に少なくて、「社内でやってるんですか!?」ってよく驚かれます(笑)。
──そうなると、照明計画は基本的に「外注」するケースが多いのですか?

宮崎:そうですね。特に照明メーカーにお願いされているケースが多いと思います。「こういう建物を建てます」と設計図をメーカーさんにお渡しして、照明計画に関してはまるっと考えていただくという。

宮崎さんが照明計画を手がけた「けやきクリニック整形外科」

社内に「照明士」がいる強み

──では、「外注」ではなく「社内で照明計画ができる」という強みはどこにあると思いますか?

宮崎:まず、「施主の意向や設計士の意図を、しっかり照明計画に反映できる」というところでしょうか。もちろんメーカーさんにお願いされる場合も事前に打ち合わせされると思うのですが、どうしても「ニュアンス」や「細やかな部分」というものは伝わりづらいですよね。

社内で照明計画ができると、「ここをメインで照らしたい」「外からの見え方も大事にしたい」といった設計意図との擦り合わせはもちろん、プロジェクトの途中段階でも細やかに確認しながら進めていけるので、設計上の変更もタイムリーに反映でき、小さな食い違いも適宜修正していくことができます。また逆に、照明サイドから設計サイドに提案するということもあります。

──なるほど、「照明」から「建築」へのフィードバックもありうるわけですね。

建築と照明は「二人三脚 」

宮崎:あともう一つ、社内で照明計画をするメリットとして大きいのが、「メーカーに関係なく照明を選べる」というところ。照明メーカーに依頼した場合、基本的にそのメーカーの自社製品の中から選ばれることになります。しかし私たちなら、メーカーに関係なく自由に照明を選ぶことができる。お客様といろんな照明を見て、デザインも価格も比較検討しながら決められるので、選択肢がすごく広がります。

──それは確かに大きいですね。浦建築研究所はどの竣工写真もバシッと決まっていて、「光」の効果というものを改めて感じます。ちなみにこれまでのお仕事の中から「照明が活きた案件」を選ぶとしたら?

宮崎:うーん…どうでしょう。基本的に照明は設計空間と不可分なものなので「照明だけ」にフォーカスして選ぶというのは、ちょっと難しいですね。
照明と設計って本当に「二人三脚」というか。照明だけでもなく、設計だけでもなく、その両者が上手く噛み合って初めて空間が引き立つものだと思うので。そういう意味では、どの物件も一つ一つに全て思い入れがありますね。

「Komatsu九」。曲線的な壁面を引き立てるような、柔らかく浮遊感ある照明。

カタチがない「光」のデザイン

──これは個人的に最近思うことなんですが「オシャレだけど、何かパッとしない」とか「そもそも営業しているかどうかも分かりづらい」」というお店は大概「照明計画に失敗している」ということに気づいて。

宮崎:確かに「もったいないなぁ」と思うことは、私もあります。窓が大きく取られているお建築物は外光も入ってくるので、夕方は雰囲気が良いけれど日中は「ただ薄暗い」みたいなことになりかねないですよね。

──ランプシェードなどの「照明器具のデザイン」には、みなさんすごくこだわっている印象があるのに、「光のデザイン」になると無頓着になるというか。「光」って「物」ではない分、後回しにされがちなんですかね。


宮崎:どうなんでしょう。でも確かに、減額対象にされがちな面はあって、照明設計をする立場としては辛いところです(苦笑)。
ただ、先ほどのお話で言えば、「この照明器具を絶対に使いたい」というお施主様のご要望がある場合、可能な限りその照明を使います。加えて、補助的な照明を入れることで「その照明を活かす照明計画」というものもご提案することができるのです。

照明計画は「光のオーケストラ」

──なるほど、照明計画って、照明器具単体ではなくて文字通り「計画(プランニング)」ですもんね。

宮崎:そうなんです。「照明計画」って、照明単体で光らせるものではなくて、ペンダントライトやダウンライトといった「全ての光を集約させて、一つの照明空間をつくる」ということなんです。
建物によっても「主張すべき照明なのか」それとも「気づかれない楚々とした照明」なのか、求められるものも変わってきますし、空間として光を考える時「目を引くシンボル的な照明器具」だけではなく、「目立たないダウンライト」などの存在も、すごく重要になってきます。

──目立つ子だけじゃなくて、控えめな子も大事…。照明計画って本当に“チーム戦”というか、もはや“光のオーケストラ”という感じなんですね。

「茶菓工房たろう 本店」。「作品を展示するようにしたい」とのオーダーを受け、ギャラリーをイメージした照明に。

徹底的に「声」を聞く

──宮崎さんが照明計画をする上で、大切にしていることやポリシーなどはありますか?

宮崎:「いかに想いを聞き取るか」ということは、一番大事にしています。「設計士」や「施主」の想いはもちろんのこと、「実際にその場を使用する人」にもできる限りお話をうかがいますね。そうして集めた情報を自分なりに解釈しながら、一つの照明計画に落とし込んでいきます。

この「聞き取り」の過程が本当に大切で。というのも、照明ってすごく「個人差」や「心理的な影響」があるからです。ただ「明るければいい」という、単純なものではない。例えば、高齢者施設では「明るすぎると、見えすぎて嫌」というお声を耳にすることがあります。これは「何もかもがはっきりと見えすぎる照明だと自分の老いを実感してしまって、気分が沈んでしまう」ということです。

──あぁ、それは痛いほど分かります。特に女性は「光による自分の見え方」で気分もだいぶ変わりますよね。

宮崎:そうなんです。そういう場合、個室は「暖色系のふんわりとした照明」にして、新聞などを読むスペースは「パキッと明るい照明」にする、といった対応をとることができます。皆さんの声を聞いて、シーンに合わせて照明を考えるということは、常に意識していますね。

身体への影響も大きい「照明」

宮崎:また、照明は人の「心理」だけでなく「体」に及ぼす影響も大きいです。最近ですと、深夜に照明を浴びすぎた場合病気になるリスクが高くなったり、女性の場合乳がんになるリスクが高くなるといった研究結果も報告されています(※)。なので、照明計画をする場合はその辺も加味して、ユーザーの年代層などもリサーチします。

(※)国際がん研究機関(IARC) の研究より。夜勤の仕事は夜間の高い光レベルにさらされることにより、「発がん性の可能性がある」として分類。

──えぇっ、病気のリスクまで高まるんですね…!そういえば昔、勉強机の電気スタンドの青白い光が苦手で、時折眼痛や頭痛が起きたりしてました…。

宮崎:それは過度な照度、眩しすぎの可能性がありますね。光の色や種類によっても作用が違いますし、そこには個人差もあります。その人とそのシーンに合わせた、適切な照度と光の種類というものがあって、そこが合わないと様々な不調も起こしかねません。

病院案件も多い。こちらは「金沢西病院」理事長室

「照明」はトラブルが起きやすい!?

──以前の取材で「照明はトラブルが起きやすい」と聞いたことがあります。なぜなら、「光は図面に線で引けない」から。

宮崎:そうなんですよ、確固たる形があるわけではないので。思わぬ影が生まれたり、壁の材質や色によって反射率も変わるので、「イメージしていたものと違う」ということが起こりやすい分野だとは思います。

──そういう意味では、浦建築研究所でも先行的に導入した「BIM」や照明シミュレーションソフトによって、高い精度で照明イメージを視覚化して伝えられるようになったということは、革命ですよね。

宮崎:劇的に変わりましたね。私が入社した頃は、お客様に具体的に提出できるものは計算した「数字」のみでしたから。でも「この部屋は300ルクスで…」なんて説明されたところで、お客様はわからないですよね。なので、照度計を持って出かけて求める照度に近い空間を見つけては写真を撮ってお客様に見せたり…かなりアナログなことをしていましたね(笑)。
BIMならば、実際に選定した器具のデータを取り込んで再現することができますし、「照度分布図」のようなものも視覚化することができます。雰囲気や影の出方もわかるのでお客様にも「こんな感じなんですね」と一目で伝わるようになりました。

BIMモデルでつくられた夜間ライティングの様子

生活の質向上に、「照明」は貢献できる

──BIMの他に、照明業界におけるトレンドなどはありますか?

宮崎:照明のLED化とIoT化が進んできて、「光のスケジューリング」ができるようになってきたことは大きいですね。時間帯によって「光の色」や「強さ」も変えられる。今どの照明メーカーも力を入れている分野です。これによって照明計画もより緻密に組み立てることができるようになってきましたし、お客様に求められる「照明計画のレベル」もどんどん上がってきているように感じます。

また、省エネなど環境への配慮や法整備も年々進んでいるので、「照明効率をあげる」というか「エネルギーを無駄にしない」ということも問われるようになってきています。つまり、昼も夜も一様に照らし続ける、というよりも「時間/シーン/用途」によって光を変えるということです
また高齢化社会において「スマートホーム化(※)」も進んできていて、寝たきりの方も声だけで照明を変えることができたりと、照明にかけていた労力を削減することができるようになってきました。私自身、最新技術を試すのが好きで、自宅の照明をいじりまくって、自宅だけでは飽き足りず、ついには実家の照明まで勝手に変えてしまって(笑)。

(※)スマートホーム…AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などを活用した住宅のこと

──さすが電子工作女子…!

宮崎:一回導入してしまうと本当に便利なので、高齢の方も抵抗なくご利用いただけると思います。96歳になる祖母も「アレクサ〜!」って呼んでますよ(笑)。生活の質向上に、照明は貢献できる。それが本当に身近に実現できる時代になったことは、照明士としてもとても喜ばしいです。

スマートホーム化で、音声だけで照明が調整できる時代に

「光」は、「人の目」で感知するものだから

──これだけ自動化が進むと、いつか照明計画もAIに取って代わられる…なんてことも、起こり得ると思いますか?

宮崎:一般的な事務所や工場など「決められた明るさを確保できればいい」という案件に関しては大いにあり得ると思いますし、むしろAIを導入することが「吉」と働く場面もあると思います。
ただ、「ふんわり柔らかな」とか「何となくこんな感じ」といった人間のアバウトな部分というか、言葉から汲み取る感覚的な部分は、AIでは難しいのではないかなと思います。やはり「光」って、人の目を通して感知しているものなので。人だからこそ表現できる光空間を、設計と連携しながら今後も作っていきたいですね。


(2024年4月)