「情報化」する建築。新たなベースとなるBIMモデル
/vol.3 建築士 巻駿之介

浦建築研究所をより身近に。「事例紹介」では語られない裏話や、スタッフの素顔もお伝えしていくこちらのコラム。第3回は、意匠設計を担当する建築士・巻駿之介さんへのインタビューです。

浦建築研究所では、最新設計ソフト「BIM」を北陸ではいち早く取り入れており、巻さんはその社内導入を先行して担当したお一人です。BIMとは何か。BIMの登場によって、建築業界にどのようなパラダイムシフトが起こっているのか。建築士としての立場から、BIMについてお話しいただきました。

BIMへ切り替わる新たな世代

ー浦建築研究所では2016年からBIMを設計ツールとして取り入れています。

巻:2009年が日本における「BIM元年」と言われていて、2010年代に入って大手を中心に少しずつ導入が始まったという印象です。弊社がBIMを取り入れた2016年は、北陸ではまだまだ普及してなかったので、かなり先行していたとは思います。現在でも全国的に見てまだ半数くらいに留まっているのではないでしょうか。

ーBIM導入が半数に留まっている理由はどこにあると思われますか?

巻:どうなんでしょう。「設計する」という点だけ見れば従来のCADソフトでも十分事足りるので、BIMの導入コストや習熟までの期間を鑑みて、というのは一つあるのかもしれないですね。設計事務所というのは、基本的にどこも忙しくて余裕がないと思うので。
弊社の場合は、代表の浦が新しい技術に対してオープンマインドなので、会社として意欲的にBIMを取り入れたのだと思います。

ー社内で最初にBIMを触った社員が巻さんだったそうですね。抵抗感などはなかったですか?

巻:そんなに抵抗はなかったですね。僕は大学院を卒業してすぐに浦建築研究所に入社しているのですが、会社がBIMを導入した当時もまだ入社間もなかったので、自分の中で「これ」と決まった設計手法が確立されていなかったのが、逆に良かったのかもしれません。そういう意味では、僕らは「CADからBIMへの切り替わり世代」と言えるのかもしれませんね。

巻駿之介/2014年に「浦建築建築研究所」に入社。現在は統括設計グループで意匠設計を担当する

図面が「絵」から「情報」へ

ー初めてBIMを触った時の感想はいかがでしたか?

巻:すごい…というか、これまでのCADやCGとは、考え方からして“全く別のもの”だと感じました。

ーCADとBIMの違いを、わかりやすくご説明いただけますか。

巻:まず、CADとは「Computer Aided Design」の略で、基本的にはコンピュータ上で図面の作成を行うためのツールです。つまり、それまでは手描きで図面を引いていたものを、コンピューター上で引けるようになった、ということです。よく「BIMは3Dだ」と言われますが、CADでも3Dを描けるものはあって、二次元で線を引いたものを3次元に起こすこと自体は可能です。CGなどはまさにそれですね。

対してBIMは「Building Infomatio Model」の略です。「information=情報」がキーワードとして入っていることが大きな違いであり、象徴的だと思います。
例えばこれまでCADで「壁」を表現する場合は、2本線を引いて、文字で補足することで「壁」を表現していましたが、BIMの場合はすでに様々な情報が内蔵された「壁の部品」のようなものが用意されていまして、素材や厚みなどの情報を与えることで、そこに「壁」が立ち現れます。

BIMモデルは「情報の集合体」

ーつまり、「LEGO®」みたいな感じですか?素人考えですみません‥。

巻:うーん(笑)そうですね、それでいうと「情報が読み込めるレゴ」というイメージが近いかもしれませんね。普通のレゴだとCGなどの「立体物」としてのイメージが強いかもしれませんが、BIMだと「どんな素材」でできていて、同じパーツが「いくつある」ということまで瞬時に分かります。これはBIMが「絵」ではなく「情報」だからできることです。CADやCGの場合、図面は情報というより「線」であり「面」なので、これまでは建築士が都度情報を拾う必要がありました。

また、BIMモデルはいわば“情報の集合体”として構築しているので、「平面図」や「断面図」として分けて制作する必要がなく、一つの情報の塊を「どう見るか」ということから、各図面を書き出すことができます。3Dに関しても、これまでは完全に別の作業としてCGを作成していましたが、BIMにおいては、設計行為と同時に3Dが立ち上がってくるので、そこも大きいですね。

連携のための、“新たなベース”

ー画期的な設計ツールですね。これだけ便利な分、BIMは技術習得が難しいのでしょうか?

巻:いや、そんなことはないと思いますよ。確かに僕が最初に触りだしましたが、今では僕より詳しい後輩もいるくらい(笑)。弊社には「新技術研究班」というチームがあり僕も所属しているのですが、ここでも日々BIMを用いた設計で気づいた点などを共有しながら、一緒に導入を進めています。

ー「新技術研究班」というものが社内にあるのですね。やはり新たな技術を学び続けるということは重要ですか。

巻:そうですね。これはもちろん設計に限った話ではありませんが、コンピューターのソフトウェアって、アップデートなども含めると数ヶ月単位で変わっていきますし、日々新たなアプリケーションも生まれています。今の時代に設計をするとなると、それらのアプリケーションを複数組み合わせることが前提となりつつあります。
BIMソフト単体でもかなり高機能なのですが、派生した様々なアプリケーションがありまして、例えば流体のシュミレーションや光環境の測定など、目的に応じたアプリケーションと連携させながら様々な検証を行っています。つまりBIMは、他の設計アプリケーションやソフトと連携するための「新たなベースになるソフト」というイメージでしょうか。

昼夜それぞれの見え方や照明などの検証
増築した建物の影が隣地に影響を及ぼさないか、時間ごとに検証

「可視化」と「疑似体験化」

ーBIMを用いる設計サイドのメリットは多岐に渡ることがよく分かりました。次に施主側にとって、BIMはどんなメリットがあるのでしょうか?

巻:やはり「視覚化してお伝えできる」ということが一番大きいと思います。これまでの建築図面は、専門図書というか「専門の人が見る」ということを前提に作られてきた側面がありました。するとやはり一般の方には分かりずらいですし、極論を言えば「建ってみないことにはわからない」というところも、正直あったと思います。
そして、いざ建物が完成してみたら「イメージとちょっと違う」という箇所があっても「そういうものなのかな」と飲み込まざる得なかったり。けれど、BIMで事前に詳細なイメージを「視覚化」して擦り合わせることで、その誤差を極力ゼロへと近づけていくことができます。

また、周辺や建物の屋内外を3D化し、さらにVRゴーグルで疑似体験することもできます。ここがCGとも違うところです。建物の内部を仮想現実の世界として巡ることができ、窓から見える風景なども現実に近い形で事前に見ることができます。例えば建築物がプールなら、水中に潜った時に見える風景まで再現可能です。今までは模型など「外から見る視点」が多かったけれど、VRなら実際に「中に入って見渡せる」というのも大きな違いかなと思います。

VRで、窓から見える風景の確認なども事前に検証できる
BIMの3Dモデル 
実際の建物

「その場所」にしかない、固有なものだから

ー意匠の部分の擦り合わせはもちろん、機能や設備など「目に見えない部分」を可視化できることも大きなメリットの一つだと、第一回コラムで浦社長がおしゃっていました。

巻:確かに、そこも従来は難しかったことの一つです。設備用のBIMというものもありまして、デザインした設定に対しての温度環境のシミレーションや評価などもできます。これは「意匠」としては目に見えない部分ですが「暑い/寒い」というのは、お客様にとってとても重要な要素ですし、近年は環境問題の観点からも省エネのニーズが高まっています。

これまでも、断熱材など製品ごとには一般的な検証はされていたと思いますが、建物がどこに建つかは分かりませんし、場所によって条件は大きく異なります。「建築はその場所にしかない固有なもの」という観点に立てば、その地域の気象データや周辺環境を入力し、BIMによる個別なシミレーションを行うことで、その精度を上げていくことができます。

建築の“民主化”と“知る権利”

ーBIMによって、建築のあらゆるものが「可視化」されていくことの効能をどう考えられますか?

巻:ある意味で“ブラックボックス化”が進んでいる建築に対して、一般の方がアクセスできる一つの手段になり得るのかもしれないですよね。
かつての古い建築は、そのアナログさゆえに「融通が効く」というか、「修理しながら使っていく」ということができていました。しかし近年の建築はメーカーの工場で作られた既製品を現場に運んで組み立る“製品”のようになっていて、そこには住み手が関与できる余地がありません。そうなると古くなったり壊れた場合も「また新しく建てた方が早い」という考えになってしまうかもしれない。

そこに、BIMのようなツールを介して誰でも建築の情報にアクセスできるようになれば、建物と私たちの関わり方も変わるかもしれませんよね。自分の持っている建物に対しての「知る権利」とでも言いますか。
実はBIMには「維持管理のためのツール」という側面もあるんですよ。今までは、建築の成果物として「図面」をお渡ししていましたが、これからはBIMデータで提出するのがスタンダードになるかもしれませんし、現に公共建築ではすでにBIMデーターでの提出が求めれられてきています。「自分の手元に情報がある」という状態になれば、修繕やカスタマイズも個々のお客様にあったものを選択できるようになるのではないでしょうか。

「最新技術だから良い」ではなく

ー“建築の民主化”とでもいえそうですね。ある意味建築の在り方として一つの到達点のようにも感じますが、まだまだ建築ツールの進化はあるのでしょうか。

巻:どうなんでしょうか。直近で言うとChatGPTなどの新技術が登場してきて、設計ツールとしても試験的なものはすでに出てきています。そうなるとまた、設計の仕方も少しずつ変わってくるのだろうなとは感じています。

ー「新たな技術を学び続ける」ということは、巻さんにとってどんな意味を持ちますか。

巻:建築設計って、それこそ「絶対の正解」がないものだと思うんですね。僕にとって建築は、手探りの中から試行錯誤して形を立ち上げていくイメージなのですが、そうなると何か「頼るべきもの」が欲しくなるというか、保守的になりがちな側面もあると思うんです。そもそも「建築」自体が古くからの技術ですし、もちろん保守的な要素も必要だとは思うのですが、それだけでは建築は発展していかないのではないかと。
そういった意味で、BIMをはじめとした様々な技術が生まれてくる中で、それらを取り入れながら新たな挑戦を続けることは必要だと感じています。「最新技術を取り入れること」自体が目的ではなく、「つくる建築物をいかに向上させていけるか」という視点から、僕自身学び続けていきたいですね。

(取材:2023年8月)